第5回目の例会は前回に引き続き若手研究者の研究発表の場となりましたが、今回は熊野大学2014年度夏期セミナーの予習として、セミナーと同じテーマでの発表となりました。
松本さんは「中上健次の大江健三郎受容―「日本語について」の菜穂子を中心に―」というタイトルで、初期中上作品における大江作品の影響や大江の「アルバイト」を扱った作品群と中上の「日本語について」との関係を踏まえ、中上の「日本語について」の登場人物、菜穂子の分析を行いました。小説内の事象へ向けられる菜穂子の中立的な観察の眼差し、「僕」と対比する存在としての菜穂子、そのような菜穂子の女性性の欠如といったことを挙げて、菜穂子を小説全体を俯瞰する批評する人物であるとする発表内容でした。
今井さんは、海外でのフェミニズム批評理論を下敷きにしての中上作品の読まれ方についての発表を行いました。中上は、これまでの安易とも取られかねない文学における〈能動=男性〉、〈受動=女性〉といった二項対立を作品上で転覆しようとしていたのではなかろうか、という考察を展開しました。また、中上作品における「語り」の主導は女性であり、男性には主体性がないことを挙げ、一般的に日本で評価が悪い傾向にある後期作品にはこの男女の関係が表れており、日本的「男性的ものさし」を元にしての低評価なのではなかろうか、といった発表がされました。
鈴木さんは、男性的であるとされる中上本人が、実際は女性的なのではないかという仮説の元に考察を展開しました。母と姉たちに囲まれて育った中上自身の生い立ちがその根幹にあり、その環境を元にして生まれた女性が主人公の作品では、女性の儚さや脆さよりも強く生き抜く力を前面に出す作品が多く、男性には父性(男性性)が希薄なことが感じられるということが挙げられました。また、作品上で女性には「語るもの≒歴史」といった、かつて文学上では男性が務めていた役割が与えられおり、「男たちの物語」に負けることのない「女たちの物語」の研究が発展される可能性を指摘しました。
3人の研究発表後は文芸評論家の佐藤康智さんを司会に今日のまとめとして、発表をふまえた上でのディスカッションが行われました。初期作品に登場する女性の読まれ方についての同時代的な背景、中上自身が「影響を受けた」と公言した石原慎太郎の作品とのつながりが検討されても良いことや、「理論のための理論」に陥りがちになってしまうフェミニズム批評理論の問題点、作品に描かれた「父親殺し」の問題点等の切り口が佐藤さんより出され、それを元に討議が進められました。また、ディスカッション中に第4回の例会の際に発表をされたタスマニア大学博士課程在学中の石川真知子さんから寄せられたコメントが読まれ、フサを始めとする作品に登場する女性たちが都合よく描かれていないか、という問題提起がされました。また、日本における「秋幸三部作」の過大評価(それに伴う後期作品の低評価)、母系社会と家父長的な近代社会との関係、中上作品に多く登場する老婆たちに対する女性性の付与といった問題点も指摘され、活発な議論を展開しました。
ディスカッション、質疑応答の後は恒例の自己紹介が行われ、その後は新宿に場所を移して懇親会となりました。この場でもおおいに中上作品についての熱い議論がかわされ、
盛況のうちに例外は終了となりました。